口腔環境の改善に紅茶を役立てよう!
虫歯や歯周病、歯の喪失などの口の中の多くの病気は、口腔内の衛生状態が悪くなることで、様々な細菌が原因となって発症し、全身の健康にも大きく影響を及ぼします。最近の研究では、歯周病が糖尿病、心臓血管病、低体重児出産・早産、呼吸器疾患、骨粗鬆症などの病気と関連性があることが報告されています。
紅茶に含まれる成分には、虫歯や歯周病の原因となる細菌の増殖を抑制したり、歯質を強化したりする作用があることが分かっています。
ここでは、これまでに報告されている紅茶の口腔環境を改善する機能について、まとめて御紹介します。
①紅茶ポリフェノールは、歯周病菌等が産生するタンパク質分解酵素の働きを阻害し、インフルエンザウイルスの活性化(感染力獲得)を抑制することが期待できる
②紅茶ポリフェノールは虫歯菌の歯垢(プラーク)形成を抑制し、虫歯の発生や進行を軽減することが期待できる
③紅茶に含まれるフッ素は歯質を強化し、歯を丈夫に保つことが期待できる
① 紅茶ポリフェノールは、歯周病菌等が産生するタンパク質分解酵素の働きを阻害し、インフルエンザウイルスの活性化(感染力獲得)を抑制することが期待できる
歯周病は、子供から大人まで生涯にわたって絶えず感染する機会がある細菌感染症です。歯周病は歯磨きを怠ったり、肥満や喫煙などの生活習慣が原因で発症します。歯周病の原因菌Porphyromonas gingivalisが産生するタンパク質分解酵素ジンジパインは、血液に含まれる血小板を凝集させるため、歯周病菌が血液中に入り込むことで血液の流れが妨げられ、動脈硬化等の全身疾患の原因となることが示唆されています。また、近年では、この歯周病菌が作るタンパク質分解酵素が、休眠状態のインフルエンザウイルスを活性化し、ウイルスが細胞に感染できるように変化させる手助けをしている可能性も示されています。
そこで、工藤氏らは、紅茶や緑茶が歯周病菌Porphyromonas gingivalisの増殖やタンパク質分解酵素の活性にどのような影響を与えるか検証を行いました。その結果、紅茶は歯周病菌の発育を抑制するとともに、歯周病菌が産生するタンパク質分解酵素の活性を抑制することが示されました。同時に、チャを原料とする緑茶でも同様に試験をしたところ、歯周病菌の発育に対しては紅茶と同程度に抑制しましたが、タンパク質分解酵素の働きは紅茶の方が強く抑制する、ということが示されました。
また、紅茶ポリフェノールには、インフルエンザウイルスに対し、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質に吸着してウイルスの感染力を弱める効果が示されています。(詳しくはこちら)
このように、休眠状態のウイルスが宿主側の要因(歯周病菌等が産生するタンパク質分解酵素)により活性化して感染力を獲得する過程においても、感染力を獲得したインフルエンザウイルスが細胞へ感染する過程においても、紅茶ポリフェノールはインフルエンザウイルスの活性を阻害し、細胞に感染するのを抑制する可能性があると考えられます。
【紅茶ポリフェノールがインフルエンザウイルスの細胞感染を抑制する3つの働き】
① 紅茶ポリフェノールは蛋白質分解酵素を作る歯周病菌の増殖を抑制します。
② 紅茶ポリフェノールは蛋白質分解酵素の働きを阻害し、インフルエンザウイルスの活性化を抑制します。
③ 活性化したウイルスのスパイクに紅茶ポリフェノールは付着し、ウイルスが細胞に結合するのを抑制します。
② 紅茶ポリフェノールは虫歯菌の歯垢(プラーク)形成を抑制し、虫歯の発生や進行を軽減することが期待できる
虫歯の主要な原因となるミュータンス菌は、ショ糖(砂糖)を原料にして、多糖類(水溶性および不溶性グルカン)を作る酵素を持っています。特に、不溶性グルカンは粘着力が強く、他の口腔細菌を抱き込みながら歯の表面に“歯垢(プラーク)”として沈着し、虫歯や歯周病の発生を促進させる原因となります。
そこで、服部氏らは、茶の中に含まれるポリフェノール成分が、ミュータンス菌による歯垢形成にどのような影響を与えるか検証を行いました。ミュータンス菌が生産する酵素を用い、ショ糖を利用して作られる不溶性グルカンと水溶性グルカンの産生量について、茶ポリフェノール成分がどのような影響を与えるか調査しました。その結果、歯垢形成の原因となる不溶性グルカンは茶ポリフェノール類によって産生量が抑制され、紅茶ポリフェノール(テアフラビン類)では抑制率97~98%でした。緑茶カテキンの抑制率は25~83%であったことから、紅茶ポリフェノールは歯垢形成酵素の働きを抑制する能力があり、その能力は緑茶のポリフェノールよりも高いことが分かりました。 …
また、Louis氏らは、紅茶の飲用が虫歯の発生に与える影響を検証した動物実験を行いました。ラットに虫歯が発生しやすい食餌を与えながら、蒸留水、紅茶(抽出液)、フッ素水を自由に飲用させて2週間飼育し、下顎と上顎の奥歯における虫歯の発生状況を比較しました。その結果、蒸留水を飲ませた群では虫歯スコアが最も高く、虫歯が発生しやすい食餌によって虫歯が誘発されたことが分かり、紅茶を飲ませた群やフッ素水を飲ませた群は、蒸留水を飲ませた群よりも有意に虫歯スコアが低くなることが分かりました。この結果は、紅茶の習慣的な飲用が、水を飲用する場合に比べて虫歯の発生や進行を抑制できる可能性を示すものでした。
③ 紅茶に含まれるフッ素は歯質を強化し、歯を丈夫にすることが期待できる
口腔細菌が糖を分解して生成する酸や、酸性食品の摂取による口腔内環境の酸性化によって、歯のエナメル質や象牙質が溶解(脱灰)し、ミネラル質を喪失することによって歯質は脆く弱くなります。一方、茶(Camellia sinensis)の葉に含まれる成分の一つであるフッ素は、歯の脱灰を抑制したり、再石灰化を促進することにより、歯質を丈夫にする効果があることが示されています(歯科でもフッ素コートなどとして使用されています)。そのフッ素が、茶の葉部には、他の植物と比較して多く含まれていることも知られています。
林氏らは、50~90℃の温水を用いて各種茶葉より2分間浸出した抽出液のフッ素含有量を調べたところ、いずれの温度においても紅茶でフッ素含有量が最も多いことが分かりました。 …
また、藤野氏らは、ウシ下顎歯のエナメル質および象牙質を用い、茶由来フッ素による歯質の脱灰(溶解)抑制能について検証しました。何も添加しない群(フッ素含有茶抽出物0%)をコントロールとし、フッ素含有茶抽出物(フッ化物濃度3,900ppm)またはフッ化ナトリウムを脱灰反応時に添加したときのミネラル喪失量および脱灰によりミネラル密度が減少した部分の深さ(脱灰病巣深度)を求めました。この試験の結果、フッ素含有茶抽出物を添加した群では、濃度依存的にエナメル質および象牙質におけるミネラル喪失を抑制し(図6)、0.4%濃度ではエナメル質の脱灰による歯のミネラル密度の明らかな低下はみられませんでした。
また、脱灰してミネラル密度が減少した部分の深さ(脱灰病巣深度)を調べたところ、エナメル質では0.1%濃度まで顕著な変化は認められませんでしたが、0.2%濃度以上では濃度の上昇に依存してミネラル密度が減少した部分が浅くなることが分かりました。一方、象牙質においては濃度依存的な傾向は見られず、病巣の深度に差はありませんでした(図7)。
以上の結果から、茶に含まれるフッ素は歯のエナメル質および象牙質における脱灰を効果的に抑制し、さらに、エナメル質では脱灰の進行を抑制することで、歯を丈夫に保つことが期待できることがわかりました。